だが春の日暮れは、秋のようにすとんとひっくり返ったように
夜に変わることはない。
そこまで来ている夜と、しばらくじゃれ合いながら、
ためらいがちに姿を消して行く。
両国橋まで来たとき、橋の上はもううす暗くなっていたが、
西の空にはまだ木苺の実のいろほどの明るみが残っていた。
藤沢周平 「おぼろ月」より
写真が負けてます。 m(__)m
周平さんの最近のお勧め文庫は
「玄鳥」
お得意の下級武士ものの短編集だが、表題作の「玄鳥」は道場主の死とともに
廃れた名道場の娘が主人公。
剣に縁のない婿との乾いた夫婦関係のうらはらにちょっとドジで運が悪い為に
出世しない元高弟への初恋から続く淡い思いと憂い。
そして死ぬ前の父から秘密に託された、その男への重要な義務を果たすことによって
華やかし過去の思い出にもさえ決別を迎えなければならない切ない瞬間が、
丁寧に描かれていて心にしみいった。
御前試合で負けた若い剣士に突然現れた恋と、剣士としての立ち直りをかいた
さわやかな「三月の鮠」。
「我が倅の為ににそちらの娘ををくれ」と評判の悪い金貸しに頼まれた、借金した側の
元剣士の武士としての志と現実のギャップの中で揺れ動く老境の心情模写が巧みな
「鷦鷯」。
佳品といっていい。