<   2005年 07月 ( 29 )   > この月の画像一覧

真夏の夜の涼しい話。

昨夜、酒場で某人とデジタルカメラの映像エンジンの補完機能の
暴走について話がでた。 ドット抜けに対応して内蔵エンジンが
その抜けた部分をお絵かきしてしまうということなのだが・・・
どうもあらぬモノをあらぬ処に描き出してしまうこともあるようだ。
(実際は殆ど判らないのだろうけれども)


そこで思った。 私の58年式のエンクロージャーに内蔵されて
いる生体画像エンジンの暴走も結構多いということだ。

下記に紹介するのはその代表的なエピソード達。(年代順)


墓場の横に住んでいたとき、ふと窓際に吊していたベージュの
ズボンを見たら 男の生足に見えたことがある。それは足の指、爪まで
はっきりと描き出されていたのだ。。。思わず全身鳥肌だった。


夜中に上尾〜川越間の県道をバイクで走っていたとき、ふと見ると
前を走っているクルマの運転席に誰も乗っていないことが判った。
なぜ判ったのかというと、なんとハンドルが全て見えていたからなのだが
その瞬間(自分的には数秒間) もう喉カラカラ・・・
まさしく「出た〜」の感覚(出てないのである、消えたのだが)



仕事で二徹程し、帰宅中のタクシーの中、通りに林立している
電信柱が、全て裃を付けたお侍さんに見えてしまったこと。
眼を擦るとなんと彼等は、一瞬だけ電信柱に変わってしまうのだから
ややこしい。


同じく徹夜明けの夜中にバイクで帰宅途中に環六で、白い人型の浮遊帯が
何体かまとわりついてきたこと。


2の時は、こんな無人のお化けクルマに付いていっていたら道じゃない
処を走らされると直感し、一旦停止してそのクルマが見えなくなってから
再スタートした。 確かにその県道は新しく供用が始まったばかりの
道でもとは畑か田圃の筈だったのが・・・大宮近くの国道との交差点の
信号待ちでそのクルマに追いついてしまった時は立派な紳士がちゃ〜んと
運転していた。

4は本当は自縛霊かも知れないのだが、疲れていたのでなんとも
言い難い

実際、私の大脳画像エンジンは疲れると暴走系なんだなあ。。。。という結論

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五八式 でじっく平断面図。
by coolys1 | 2005-07-30 19:28 | 寄道・脇道・誘い道 | Comments(3)

母校探訪

6月末の帰郷のついでにかつての母校を訪れる。
インテリアの専門科程を持つ工業高校である
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専門科実習棟は見た目はなんの変わりもなかった。まったく頭の記憶通りで
突然、30年前にタイムスリップしたような、不思議な感覚 。
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現役当時いた若い専門課程の講師は現在、そのインテリア科の
トップになられていた。現役時代は気にならなかったが、年齢は私より僅か
五歳上。  高知の彫刻界の重鎮というよりも、ちょっと先輩かぁという感覚に
とらわれたのは、私が歳をとったということか。 
その恩師に「オマエも東京に行って険しい顔になったなぁ」と言われたのが、
しばらく頭に残ってしまった。

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我が愛すべき、インテリア科も高卒後の就職率がいまや15%くらいだという。
科は1クラスで40名程度なので、3〜4人といったところか。
いや本当は就職率ではなく、就職希望者がその程度ということ。
第一、関連就職先が選べる程、ないのだから仕方無い。

そして残りの80%が上級学府への進学希望となるらしいが、4大はともかく
専修・専門学校系は、わざわざ京阪神までいかなくとも地元に増えているので
いざ、お江戸・浪速といった生活的冒険をしなくともいいようだ。  
実際、当の本人達がそれを望んでいないらしい。

昔と違い、独身で都会で暮らすのは本人も親も大変なこの頃、そういった
傾向になるは仕方ないのかもしれないし、情報のタイムラグもある分野では
無いに等しい。  大いに負担の掛かる親の身になると私もその方がいいのかと思う?

30年ぶりの母校探訪は実は、青田刈りのつもりで行ったわけでもないが、同じ初志を
もって勉強した上京志望の後輩がどのくらいいるのかぐらいは知っておきたかった、
そういう理由はあったのだ。
なので、現実にちょっとガッカリしてしまった。

もっとも私の人生、もはや故郷に錦を飾ることはないと思うが・・・
by coolys1 | 2005-07-29 16:26 | 土佐日記 | Comments(2)

本町

老舗であった筈。
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こんな仕事は楽しいだろう・・・・一眼レフ型よりも古いシンボル。
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by coolys1 | 2005-07-29 13:43 | 北渋谷の味わい | Comments(3)

ちゅ〜杯

ちゅ〜杯は居酒屋で進んで飲むわけではないのですが。

自宅でやむなく飲むちゅ〜杯は  メルシャンの「本搾りチューハイ」
グレープフルーツ。   果汁28%はこの手の商品ではあっと驚く数値ですが、
糖類・香料・着色料無添加なので、このくらいの含有量でないと味がで出ないのでしょう。    
まぁとにかく甘くないのが大人向けで。   196もデユも甘過ぎ、(混ざりもんも大杉。)

ブランド的にはマイナーなので、安売りしているときに買うべしです。


参考資料
http://www.honshibori.com/product/himitsu.html
by coolys1 | 2005-07-29 11:56 | 尼酒道 | Comments(1)

浮遊

上水緑道 代々木四丁目付近。京王線跡とも一緒になって幅広いが
両側を高い建物に挟まれて妙に薄暗い。 
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きっと成仏前の浮遊した感覚ではないかと思われる高さの俯瞰撮影。

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おもえば、幾度となく見た空を飛ぶ夢も、このくらいが高度限界だった。
小心者の野心家たる所以である。
by coolys1 | 2005-07-28 13:35 | 玉川上水のほとりで | Comments(4)

メジャー

サーマル工房がメジャーなサイトで紹介されています。
komacro.com
7/25 飛行場巡り 四国お遍路の旅  参照。

箝口令の布かれていた、復座のミニモア がスクープされている・・・・・

しかしこの方、写真がうまいですね。
 機材は4GBのメディアを搭載したデカイ一眼レフだったということでしたので、
恐らくEOS の一桁機なんでしょう。(えっ! ニコンは)        伊勢海老共々、羨ましい・・・・

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by coolys1 | 2005-07-27 13:16 | サーマル工房応援隊 | Comments(1)

高知港

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対岸はかつて東京〜勝浦〜高知航路の「さんふらわあ号」が接岸した桟橋、
土佐電氣鉄道の路面電車の南の終点 「桟橋通り五丁目」にほど近い。

五台山
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牧野(富太郞)植物園と八十八カ所巡りの第31番札所、竹林寺がある。

姥ケ谷  堤防釣り
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by coolys1 | 2005-07-26 13:54 | 土佐日記 | Comments(1)

LIGER JS-2 Le man

LIGERと聞いて、思い浮かぶのは”魅死魔”・・・
というのはスーパーカー最年長世代の自分だからだと思う。 
実はJOTAを操る”潮来のオックス”とキャラが被って
良く覚えてはいないのだが、マイナーなリジェを操るキャラクターとして
当時、好感を持っていたのだ。
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スパークモデルの最新作この1974年のLe manモデルは非の打ち所が全く無い。
素晴らしい出来映えに涙がでそうだし、J・ラフィットの名前で二度泣きだ。

JS-2はこの翌年、75年には強力だが耐久性に不安のあるマセラーティのV8に替えて、50馬力も出力をおとしたFORD DFV(V8)を搭載したマシンも走らせ、ちゃんと
24時間完走、そして総合2位という好成績を残している。
(ちなみにその年がDFVのLe man初制覇の年。=DFV/ガルフミラージュ)

これはスーパー(スポーツ)カーという日本のファン独自のカテゴリー分けの
中では、のちのマクラーレンF1に次ぐルマンでの最高クラスのランキングでは
ないだろうか?

*ist Ds+C.Z.J FLEKTOGON 35/2.4 f=22
by coolys1 | 2005-07-24 21:46 | 1/43の世界 | Comments(3)

40年前の光景。


私のアルバムに入っていた写真。おそらく1960年台前半に父によって
撮られたものだろう。

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今年、自分で撮り直してみた。
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父は50ミリ前後の標準レンズを使った可能性がある。(私は35ミリ)
撮影位置はもう数メートル左のようだが、画面左の住居がじゃまをしてしまい
同じ位置では撮れないのであった。
四十数年の歳月は田舎でもここまで風景を変えてしまう。

右手の山には昔々、港のセメント工場へ石灰岩を運ぶために、西の須崎市より
索道によるロープーウェイが敷設してあって、その駆動騒音が町中に響いて、
うるさかったのだが、実際は、10:00と昼休みと15:00 そして終業後に停止した瞬間の
たとえようのない静寂感のほうが、印象に残っている。

現在はその索道もないので、家が増えた割に実に静かな町になっている。
by coolys1 | 2005-07-24 16:49 | 土佐日記 | Comments(0)

7月23日 16時35分

ここのところ行事が多くて週末離散状態の家族が、昨日のあの時間帯に
偶然に全員家にいた。しかも同じ部屋に・・・

娘は2泊3日の修学旅行から戻り妻が学校まで迎えに行って帰ったばかり、
息子も外出せずに家でゴソゴソ。私も会社に行く予定を止めて
家でTVゲーム(しかもTRIII)

揺れた瞬間に倒れそうな食器棚に手を伸ばす妻を制するが、そこまでしか
できなかった。  壁に掛けた写真が一枚落ちた。

震度5の揺れは20年ぶりか?  怖い

夜は予定通り地元の商店街のお祭りがあったが、またも離散状態。
息子と娘はそれぞれ友達と待ち合わせして出掛けてしまう。
妻は、そのお祭りの非行防止パトロール役があるので出掛ける。
私は地元の飲み屋で仕事の打ち合わせ。。。。

こんな状態の時の地震でなくて良かった。
by coolys1 | 2005-07-24 10:31 | Comments(2)