山田洋次監督の時代映画「隠し剣 鬼の爪」の原作短編が収録された文庫。
「鬼の爪」含め、全八編が読めるが、どれも素晴らしい作品である。
映画になった「鬼の爪」はその名の秘剣としては、この文庫の中でもやや地味な
ようで、それ故か山田映画では「邪剣竜尾返し」の秘剣も取り入れられているようだ。
隠し剣シリーズは主人公が折角伝授された秘剣を遣いながらも、
力足らず自らの命を落としてしまうという結末も多い短編集だが、
そのあたりが、決してずば抜けた剣豪像を創り上げない藤沢節の一面だと思う。
このシリーズは直木賞をとった、藤沢周平の初期作「暗殺の年輪」の正式な延長上にあることは歴然で、全編に漂うちょっと暗めの雰囲気がまたいいと思った。
その中で私の好きなものは、闇夜に使う暗殺剣で上意討ちされた父親の仇を
探しきれなかった息子、そしてその妹、志野が偶然にも迎える皮肉かつやや怖い結末。
それを彼女の視点でサスペンス調に仕上げた(つまり秘剣を遣う者が主人公ではない訳だ)
「暗殺剣 虎の目」が作風ともに大好き。
また立場上、最も抗いがたい相手に秘剣を利用されながらも、それに気づくのが遅く
自らの最後の最後に一矢報いることのできた、悲哀の討手とその姪との悲恋を軸にした
「必死剣 鳥差し」もやるせないが いい。
そして最後に収録された、隠居してもなお若い頃に端を発した宿命に翻弄される
「宿命剣 鬼走り」もちょっと長編にしても面白そうな内容で、隠し剣士の最後を看取るに
相応しい集大成的な名編だ。
全体に言えることは秘剣小説>悲剣小説=悲恋小説だったということかも。